butterfly・stroke inc.

青木克憲の考え方

Chapter 14

自分で培った経験値を、仕事のイメージを広げるバロメーターに

一方、フィギュアの収集を続けて行く中で、さらに面白いなと思っていたのは、フィギュアのバリエーションの豊富さです。青葉益輝氏の教えを実践するきっかけになった「ガボラ」との再会のとき、懐かしさと同時にビックリもしました。なぜならそこで再会した「ガボラ」は、少年時代の記憶よりもずっとリアルな造型になっていたからです。ウルトラマンの怪獣のフィギュアはこの「ガボラ」のように、より恐竜的にリアルなものもあれば、昔のフィギュアの復刻版もあって、精度が低いものとしてはキンケシのような単色のものまであります。現代の技術では精度をそのままに縮小することができていたり、さらには原画を元にしたプロトタイプもフィギュアとして再現されています。同じ怪獣でもディテールの振り幅は広く存在しました。

またレッドキングとアボラスのフィギュアを見ていたら、この2体の怪獣は首から下のボディが流用されているという話を思い出しました。放映の着ぐるみ同様、フィギュアのボディの造型が同じだったからです。フィギュアを見たことによって、コスト削減のため、レッドキングとは別の怪獣を表現する手段として、同じ造型を使い、頭だけを変えて異なるカラーリングにし、物語の設定を変えるなど当時の作り手の工夫が、よくわかりました。

こうして、ウルトラマンのフィギュアを集めることで、当時のアイデアや、今日に至る技術的な変遷、現代の買い手の心理など様々な角度から見ても面白いなと思えました。特別マニアでもコレクターでもない自分が、フィギュアの収集を続けて行くことで自分独自の仕事の考えにまで発展していったのです。

ウルトラマンを観ていた人は、たとえフィギュアがチープなものであったとしても、無意識に真の姿を共通イメージとして補完できていますが、僕が手掛ける「カミロボ」の場合、本当のイメージは作者の安居智博氏にしかわかりません。僕らが見ている紙と針金で出来たカミロボは、あくまでも安居氏が遊ぶための立体であり、真のイメージは安居氏の頭の中にあります。フィギュアを集めていると、安居氏にとってカミロボは、僕らの感覚に置き換えると、ウルトラマンのソフビのフィギュアくらいに見えているのかもしれない。本当のイメージはもっと勇ましい姿で、僕らでいうリアルフィギュアくらいをイメージしているんだろうということにも気づきました。そこで、プロレスラーとしてのリアリティを追求し、外国人モデルにコスチュームをまとってもらい、安居氏がイメージしているであろう真の姿を具現化しました。こういう発想は自分の経験を数値として、比喩として、考えることから生まれたものだと思います。

苦手なことや理解できないことは、自分の経験値に置き換えて整理する

怪獣フィギュアは長年発売され続けている結果、今ではピンからキリまで数十種類のディテールの振り幅が存在していますが、それらを知ることができていることは、いろいろなことに対して、その経験値を比喩として活用できます。例えば、この案件の目指すべきディテールは、リアルなレッドキングなのか、でも相手が言っているのは自分がイメージしているものより、ひとつ下のものかもしれない…というように自分の中のバロメーターのメモリとして使用すると腑に落ちます。

自分が子どもの頃、好きだったフィギュアが、今の仕事に生かされてくるわけです。この感覚は他人には通じないかもしれませんが、自分の中で課題を理解し、消化し、解決策を見つけ出すためにはとても重要です。

学生時代に苦手な数式を理解して自分のものにするには、数式そのものを好きになる以外はなかなか難しいので、たいていの人は、わからないままやり過ごしてしまいます。今で例えるなら、それは時にクライアントの要望だったりするわけですが、数式と同じように、わからないままにするわけにはいきません。そんなときに僕は頭の中で、例えばフィギュアなど自分の好きなものに置き換えて整理するようにしています。自分が経験してきたことですから、何より自分自身がとても納得しやすく、理解のスピードも早まります。

これは「表現する」仕事に限らず、あらゆる仕事に当てはまると思います。企画書の作成から、提案まで、物事の全ては、内容を理解しないといけません。自分の中で納得できていない企画、提案、表現はうまくいきません。どうしても納得できないことや、理解しにくいときは自分の経験に基づいて、自分の比喩、数値におきかえて納得する。人それぞれ子どものころ好きだったもの、夢中だったものに置き換えて考えることができれば、今まで自分が経験して来た色々なことを無駄にすることなく、目指すべき目標を明解にできるはずと思っています。