ガンダーラ井上

腕時計やアナログカメラなどの蒐集する道から、現在は、ライター、エディターとして活躍を続けるガンダーラ井上氏。 2009年4月18日に開催されたbtfトークショーで登場した同氏には、機械式カメラとフイルムを用いた写真撮影の魅力についてを語ってもらいました。カメラの分解修理というディープな道にまで足を踏み入れて更なる道の追求を続けるガンダーラ井上氏のカメラ文化への視点とは、どのようなものなのでしょう?


フイルムの今

ここ2、3年は、フイルム自体の行方が、危うい、消えてなくなりそうな雰囲気にあります。それは、街から消え行こうとしているDPE屋さんを見ればわかります。もちろん、その理由は、みなさんもご存知の通り、デジタルカメラが隆盛を極めているからです。フイルムカメラを未だに使用する人にとっては、しっかりと意思疎通ができるDPE屋というのは、極めて重要な存在になっており、腕を持った人材がいなくなりはじめています。そして、現在、そういう人がどういう場所に集まっているかというと、活発な場所巣鴨とか東十条という場所です。つまり、おじいちゃんやおばあちゃんたちが、元気な場所で活躍するという不思議な現象が起きているわけです(笑)。ニコンとキヤノンがはじめて国産の一眼レフをつくったのは、1959年の話です。そのなかで、キヤノンが作ってきた一眼レフの生産台数は4500万台です。そのうち1500万台がデジタル一眼レフ。デジタルが普及しはじめたのは、21世紀になってからですから、現在まで約10年足らず。それを考えると、カメラの世界では、もの凄い勢いでデジタル化が進んでいるわけです。そこで面白いのは、機械式のフイルムのカメラだと30年前のものは、まったく問題なく使える。ところが、数年前のデジタルカメラというのは、もう使いものにならない。つまり耐久消費財としての違いが大きく出てくるわけです。


映画『未知との遭遇』におけるカメラ

スピルバーグ監督が撮った映画で1977年に公開となった『未知との遭遇』という映画があります。この映画の中では、異なるさまざまな形式のカメラが登場して、そのカメラの形式の違いによってキャラクターを描く、という絶妙な演出がなされています。登場するのは、一眼レフカメラ、ブローニー、ラピッドオメガ、ハッセルブラッド、インスタマチックという規格のカメラなどです。それぞれのカメラがそれぞれの特徴を持っていて、それが登場人物の役割を代弁している。知的な調査隊が持つカメラ、兵隊さんが構えているカメラ、記録部が構えているカメラという風に、カメラを持たせることで緻密な演出がなされている。ところが、これを現代のデジカメでやろうとすると、不可能だということに気づかされます。一眼レフのデジタルカメラ、もしくはコンパクトデジタルカメラの2種類では、演出のしようがない。そういうカメラ事情というのはあんまりにも、面白みに欠けるのではないかと思うわけです。


インスタマチック規格にみるフイルム

いくつかのフイルムの規格というものは、既に消えつつあります。1963年に登場したインスタマチックという規格は、それまでのロールフイルムと異なり、専用カートリッジ、つまりカセットテープみたいな形になっているフイルム規格で、誰でも簡単にフイルム装填ができるということが特徴でした。ところが、これを最初に考案したイーストマン・コダック社は、もうずっと前に、このフイルムの製造を止めてしまっています。そして、富士フイルムも製造体制の維持が困難であることを理由に、2009年9月に製造を終了すると発表しています。そうなると、もうインスタマチックカメラというものを使うことができなくなってしまうわけです。そういうことが、他のフイルム規格にも起きてくると、それはますます、まずいことになっていくわけです。


なぜ若者たちが機械式カメラに目を向けるか

後で写真を見たときのことを考えると、フイルムで撮影したものだと、記憶に刻まれる度合いが明らかに強くなります。「この桜は、あの時、あの場所で、あのカメラを使って撮影したものだ」という具合に、見ていて記憶が甦ってきて、それが楽しい。ところが、デジカメや携帯のカメラで撮影したものだと、どうしても記憶が薄れてしまう気がする。ハードディスクにたまった画像を眺めていても、どうも自分の記憶とは違う。近年、一部の若い人たちがフイルムのカメラを使っているというのは、そういう点に何かを感じているからなのではないか、そう思うのです。他にも、機械式カメラというのは、形とか手触りとか、そういう点からもデジタルカメラとは大きく違います。オートバイと同じく、機械式のカメラの構造というものは、機能に従って形が決まってきている。一方、デジタルカメラは、レンズがあって、モニターがついていれば、比較的どんな形をしていてもいい。そこに必然性がないから、物としての面白さや美しさがないわけです。


胃カメラで風景を撮る

総合かぜ薬の「コルゲンコーワ」などで知られる興和という医薬品メーカーがありますが、実はこの会社がカメラをつくっているんです。私が持っているのは、コーワ・スコープカメラSQという名前のカメラ。あるとき、私はこの得体の知れないカメラに出会ったんです。これが一体どういうカメラかと言うと、元々は胃カメラなんですね。胃の中を見なさいという目的のためにつくられたカメラです。でも、私は、レンズがついたカメラとして生を受けたのに、胃しか見た事がないのでは、「不憫だなぁ」と思ったわけです。世の中にはいろいろな風景がある。だから、もう少し別の世界を見せてあげたい、そう思った。それで、丁度、私は数年前から、カメラの分解修理という、極めて特殊な道に足を踏み入れていて、カメラを分解していじれるスキルがある程度、身に付いたので、「ならば!」ということで、このカメラを改造してみたんです。自分の中で、どこをどういじったら、普通のカメラとして、ピントを合わせて写真を撮れるようになるかということを考えて、手をつけたわけです。そうしたら、画像はモワモワしていてもちゃんと写真が撮れたんですね! 胃の中ばかりではかわいそうだと、このときは桜を写しました。面白かったのは、露出計代わりに使ったデジカメには桜の木の幹の根元まで鮮明に写っていたのに、コーワ社製のカメラで撮ったものは、不鮮明にしか写っていない。しかしです、どちらが印象に残るかと言えば、それは明らかにコーワ社製のカメラで撮った写真の方のが印象に残ります。つまり、画像の鮮明さ不鮮明さというものは、撮って見る喜びとは、まったく別のところにあるんだ、と改めて気づかされたんですね。そんなわけで、まさか胃カメラで写真を撮るということは薦めませんけど(笑)、やっぱりフイルムのカメラというのは、独特な味わいがあるし、記憶に残る写真を撮ることができるものだと思います。だから、フイルムを愛好するものとして、フイルムというものが消えてゆかないため、皆様にお伝えしたいのは、「フイルムを使う機械式カメラは楽しい、そして、フイルムカメラを愛してほしい」、そういうことなのです。どうぞ、フイルムカメラをよろしくお願いします。


マニアックな中にも、アナログな機械への愛情があふれるトークを展開してくれたガンダーラ井上さん、どうもありがとうございました! 話を聞いているうちに、機械式フイルムカメラをもう一度、操作してみたくなる気持ちが沸き上がってくるようでした。

■ガンダーラ井上(ライター/エディター)

1964年東京生まれ。某大手電機メーカー宣伝部に13年間勤務、在職中より腕時計やアナログカメラの蒐集に血道をあげ、2002年に独立。monoマガジン・BRUTUS・日本カメラ・ Pen等の雑誌、およびウェッブの世界を泳ぎ回りつつ、TiCTACのオリジナル腕時計ブランドであるMovement in Motionのデザインディレクションや広告展開なども手掛ける。世界中に散在するイカした腕時計を求めてリサーチ&ゲットを繰り返す腕時計コレクター集団、「マクロロン」に所属。著書に「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)がある。