鈴木芳雄

btfトークショーのゲストは、ブルータスの副編集長として、さまざまな誌面づくりを行ってきた鈴木芳雄さんです。今回のお話は、編集者がどのような仕事を、どんな視点からしているかというお話。編集という仕事が持つ魅力もさることながら、その編集という仕事の視点は誰の仕事にも役立つ可能性を秘めたもの、という鈴木さんのメッセージにはきっと多くの人が興味をそそられるはず。それでは、鈴木さんが語った編集秘話をお楽しみください。

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これまでの仕事

私は、マガジンハウスから発行されている『ブルータス』の副編集長をつとめている編集者です。その中では、たくさんの仕事をやらせてもらってきたんですけど、最近やった特集には下記のようなものがあります。

「杉本博司を知っていますか?」
「すいすい理解(わか)る現代アート」
「緊急特集・井上雄彦」
「BOYS' LIFE ブルータスの写真特集」
「日本美術?現代アート?」
「琳派って誰?」
「今日もYou Tube見てる。」

すでに知られているものだったり、そのとき旬なものをどう編集して、読者の人にどう読んでもらうかということを、それぞれに熟慮しながら編集してきたつもりです。

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編集という仕事

今みたいに不景気な世の中になると、出てくる話も不景気なものばかりになってきますね。雑誌が休刊したとか、売上げがこれだけ落ちたとか。で、編集者という仕事についても、巷では、もうすぐなくなるということが囁かれていたりします。でも、僕が思うのは、100歩譲って雑誌や本がなくなったとしても、編集という仕事はなくならないということです。というのは、全ての仕事というのは、編集的要素を含んでいる。全ての仕事が編集と言っても過言ではない、僕はそう思っているからです。

分解と再構築

編集という仕事がどういうものかと考えるとき、大切なのは「分解と再構築」ということです。いろいろなものを沢山集めてきて、その集めてきたものを分解して、再構築する。これが編集の基本です。インプットした情報を、最適な形に整えて、アウトプットする、ということですね。以下にいくつかの例をあげてみましょう。

安藤忠雄の司馬遼太郎記念館

安藤忠雄さんが手掛けた司馬遼太郎記念館は、その最もいい例かもしれないですね。この記念館がユニークなのは、司馬さんが所有してした膨大な蔵書をよくある図書館の形態に置き換えるのではなくて、二次元に近い形で、大きな壁一面に本を並べたということです。これは「司馬さんの膨大な蔵書」という情報を、一度、解体して、それから再構築したということ。つまり、分野は建築ですが、ここにも編集という発想が入っているんですよね。

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フィゲラスのエル・ブリ

スペインのバルセロナから1時間ほどいった場所にフィゲラスという街があって、そこからさらにクルマで70分ほど行ったところに、エル・ブリというレストランがあります。そのレストランでシェフを務めるのが世界的に有名なフェラン・アドリア氏です。私は、二度ほど、ここを訪れたことがあります。「トマトのパスタ」と銘打ちながら、まったく赤くないのってあるでしょう。でも、トマトの味がしっかりする。どうしてかというと、トマトの果肉から絞った透明なジュースだけを用いているからです。それをさらに進めて、その透明なトマトの水分でムースを作ったのが、この写真の真ん中の白い固まりです。果肉の部分はそのまま活かしてたりもしていて、トマトというものを分解して、それを再構築することで見せ方を変えている。料理の分野にも編集という視点は活かせるわけですね。

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文藝春秋の『くりま』

編集における分解と再構築のもっともいい例として挙げられるのが、この『くりま』でしょうか。1981年に出版されていたムックシリーズで、季刊誌として発行されていました。他社のものなのですが、非常に編集のクオリティが高い。例えば、この「パリの食」に関しての特集では、パリの街の魚屋さんを取り上げて、分解しています。右のページでは、空間的な分解―つまり、店先の棚のどこにどんな魚があるか―をおこなって、左のページでは、魚のさばき方、解体を紹介しています。これは、いってみれば流れる時間を分解してる。その両方を見開き2ページに収めてしまっている。ただ訪れただけでは、見過ごしてしまう何でもない光景を、こうして誌面の上に分解して並べ直すこと、編集することで非常に興味深い、見応えのあるものに姿を変えるわけですね。

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より良い分解と再構築のための本

私が編集する場合、いろいろな人や本からの影響を多く受けています。特に本からは、インスピレーションをもらうことが多く、いい本に出会ってしまったら少し高いものでも購入することにしています。購入しておくと、そのテイストの編集物を作成する際に、実際のモノを見せながらデザイナーに説明ができたりするので、些細な誤解などが生じなくていいんです。だから、本屋さんにいって掘り出しものを探すのは、資料集め的な気持ちもあるわけですね。

『全宇宙誌』:
編集者の松岡正剛さんとデザイナーの杉浦康平さんとがつくった本です。10年位かけてつくったと言われる本で非常に見応えのある本ですね。DTPがない時代につくられた本なのに、凝っていて、星座が出てきたかと思うと、木口(こぐち)を逆に折るとアンドロメダが出てきたりという仕掛けが施されています。今、ネットでは数万円で取引きされている本ですね。

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『絵草紙うろつき夜太』:
時代小説家の柴田錬三郎さんとアーティストの横尾忠則さんが『週刊プレイボーイ』の連載としてコラボレーションした作品。毎週各号カラーグラビア6ページを使って連載されたもので、カバーをはずすとクロス装が出てきたり、原稿や校正紙をそのまま載せたり、たいへん実験的かつ贅沢なつくりの本です。ちなみに、僕は『ブルータス』の「もう本なんか読まない!?」特集で、割付の状態、文字校正、色校正をそのまま誌面にしてしまうという、似たような仕事をさせていただきました。

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『キノコの図鑑』:
これはロシアに行ったときに買った図鑑です。1813年に発行されたもので、反対側にまでインクの影響が出ちゃっていたりして、とても味のある本です。

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『モスクワの地図』:
今では観光客で賑わっている場所ですが、古いものなので、クレムリンの敷地内に何も描かれていません。僕としては、原宿特集とか渋谷特集をやるときに、こんな風に建物を地図の中に描けたらいいなあと思って、今も所有している一品になります。

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以上が、僕の編集にまつわるあれこれのお話でした。皆さんも、一度でいいから、「分解と再構築」という言葉を頭に思い浮かべながら各々の仕事をされてみてください。きっと自身の仕事の中に編集の視点というものを見つけていただけることと思います。どうもありがとうございました。

鈴木さん、編集者の視点、仕事の仕方が誰の仕事にも活きるという興味深いお話、どうもありがとうございました!

■鈴木芳雄(雑誌ブルータス副編集長)

雑誌ブルータスの副編集長9年目。美術の特集などを担当。そのほかにも、本や映画の特集、レストランやワインの記事など。『記憶に残るブック&マガジン -時代を編集する9人のインタビュー集-』(BNN新社刊)にも編集者の一人として登場する。